津波による、軍政による、国外ビルマ人被災者

2004年12月26日のスマトラ沖地震による津波で、ビルマにも被害がでました。

1月6日ASEAN主催緊急首脳会議で、ビルマ軍政のソーウィン首相は、ビルマ国内の被害について、死者64人、負傷者56人、被災村落29、住居喪失者3205人と報告し、「津波の被害は国内で解決できるため支援はいりません。他国に回してほしい」と発言しました。タイなど近隣諸国に滞在しているビルマ人の被災状況と救援活動については、現在まで、軍政からは何も公表されていません。今、国外で被災したビルマ国民は、「自国民の保護」という国務を果たさない現政府の下で、さまざまな困難に直面させられています。

タイの民主化活動家からリポートが入りました。

当初タイには、ビルマ人の被災者を救援するグループがなかったため、2005年に入ってタイ−ビルマ国境地帯に基盤をおくHREIB(ビルマ人による人権啓蒙団体)とNHEC(保健教育団体)からの15人が、チームをつくり、被害の大きかったタイ南部で救援活動を始めました。
タイ南部については、これまで、海外旅行者やタイ国民の被災が伝えられてきましたが、タイ労働省によると、この地域にビルマ人は12万人滞在しています(うち、プーケット島に46483人、パンガー県に29730人が居住)。多くは建設事業や漁業、ゴムの木栽培に携わっていました。今回の津波で、タイ人事業主が亡くなったり事業自体がなくなるなどして、多数のビルマ人が仕事も住居も失いました。救援グループが到着したとき、ビルマ人被災者たちは、それぞれで散り散りに避難しており、被害状況を把握することはおろか、被災者と接触することさえ、困難な状態でした。

パンガー県のある町では、600人のビルマ人が、ゴムの木畑に身を潜めていました。タイでの労働許可証・滞在許可証を波にさらわれた外国人に対して、警察が不法滞在・就労で逮捕、罰金を要求する事件が多発したからです。タイ当局は、こうした外国人を拘束しないよう、また、許可証を失った人々は関係支局まで申出るよう通告を出していましたが、現在も罰金徴収を目的とした逮捕が続くため、今でも身を潜めているビルマ人被災者がいるとして、救援のための捜索が続けられています。
被災直後、タイ政府がタイ・ラノーン県にテントを設け、ビルマへの帰国希望者を募りました。600人をこえるビルマ人が集まり、タイ政府が用意した輸送車で、タイ・ラノーン県と国境を接するビルマ・コータウンへ向かいました。ところが、コータウンの入国管理局が、避難してきたビルマ人を「不法な脱国者のため入国させられない。帰国を希望するのであれば、タイ・メーソットと国境を接しているビルマ・ミャワディの入国管理局から入国してほしい」として、ゲートを開けませんでした。メーソットは、ラノーンから北へ約450kmに位置するタイ北部の町です。その後、ビルマ政府からもタイ政府からも、輸送機関は手配されませんでした。被災したビルマ人たちには、移動のための費用がなく、困っています。

これまで、ビルマ人死者の身元確認と、行方不明者のリストは、きちんと作成されてきませんでした。遺体安置所に、家族の姿を発見したビルマ人が、家族による遺体の埋葬を申し出たところ、遺体の管理当局から遺体の引取りを拒絶され、その後、遺体がどうなったのか教えてもらえないなどの問題が起きていたからです。1月10日現在のHREIB作成のリストによると、タイ・パンガー県において、身元確認された死者163人、ビルマ人とみられる遺体800〜1000人、行方不明者1000人を超える、となっています。救援活動の初動が遅かったため、死亡が確認された多くのビルマ人がリストに加えられず、行方不明の届出は大幅に遅れて、捜索はより困難になっています。

現在、救援グループは、プーケット島とパンガー県にテントを設けて、救済活動を進めています。はじめて、タイ政府からの救援物資(食料や薬品)が被災したビルマ人に届くようになりました。

救援グループでは、医師、看護士、ボランティアスタッフが足りない状態です。国外で被災し、すべてを失ったビルマ人のなかには、とにかく帰国を希望している人たちがいますが、ビルマ当局は、受け入れてくれません。仕事も住居も失って、タイで今後どうなるのか、暮らしの目途はまったく立ちません。不安を抱えて絶望的になっているビルマ人たちへの心のサポートも望まれています。

ビルマ人津波被災者たちを助けて下さい
行進して訴えるビルマ人児童たち

タイ国内の他地域に居住しているビルマ人たちは、救援に向かいたい気持ちでいますが、ほとんどのビルマ人のタイ国滞在許可証には移動地域制限があり、被災地域に向かうことが出来ません。

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