難民キャンプ学校教育支援

ヤウンニーウーという学校が、タイ−ビルマ国境のメラウン難民キャンプ内にあります。
ビルマ語「ヤウンニーウー」は「日の出」を意味します。

1988年ビルマ全土で民主化デモが行われ、それを軍政が武力制圧した後、民主化デモに参加していた学生のうち1万人以上が国境へ逃げ、ABSDF(全ビルマ学生民主戦線)を結成しました。この学生たちが、国境地帯のジャングルの中で教育プログラムをたちあげます。
彼らには、未来のビルマを担うリーダーを育むための、教育の重要性がわかっていました。1989年、タイ、インド、中国との国境付近のABSDF基地で、小学校が始められました。このとき、タイ−ビルマ国境付近のABSDFサルウィン基地に、ヤウンニーウー学校も誕生しました。

ヤウンニーウー学校は、1989年の開校当初、児童57名、教師3名でした。1995年には中学校を拡張し、1998年には学生数300名にまでなり、1999年には高校まで開設されました。現在、この学校の名は、難民や国境付近の少数民族のあいだに知れわたり、ヤウンニーウー学校で学ぶために、親もとを離れてキャンプに入る子どもも少なくありません。

現在のメラウン難民キャンプ内にあるヤウンニーウー学校は、2004年1月から建てられたものです。1989年の開校以来、ビルマ国軍による攻撃や、タイ国内キャンプの事情などから、ヤウンニーウー学校は、実に7回の移転にさらされてきました。

学校は、小学校から高校まで12学年です。中学から高校までの学生には、生徒自治会があります。教科書は、ビルマ国内で使われているものを基礎として、社会(歴史を含む)、そして、国内の科目にはない、音楽や美術、生活や保健を加えています。
2010年の学生数は498名、教師は27名です。学生の中には、内戦が激しい地域の子どもたちもいます。この子どもたちは、ヤウンニーウー学校の寮で生活しています。寮生たちの衣・食・住は、ヤウンニーウー学校の運営費でまかなわれています。

ヤウンニーウー学校の高校修了後、教員養成プログラムを受講して、ヤウンニーウー学校の教師になった少数をのぞけば、高校終了後の進学先はなく、学んだことを活かす機会もありません。学生たちの多くが学ぶ意欲に燃えていますが、キャンプを出て外国でさらなる教育を受ける機会は、ないというに等しい程ありません。

1年間の学校運営費は、1,050,000タイバーツ(約315万円)です。主な用途は、教員報酬(給料とは呼べないほど少額)、学生の服(年1着支給)、教科書、文具、校舎の維持管理費、発電機用の軽油、事務用品、図書館の書籍購入、生徒会費、保健費、寮生の生活費などです。運営費の65%を韓国の援助団体が、20%を日本の援助団体が、のこりを世界中に散らばるビルマ難民たちが支えています。

ところが、韓国の援助団体からの支援が、2011年3月で打ち切られることになりました。
学校は開いたり閉じたりするものではなく、続けられるものです。子どもたちの日々は、今日、明日、あさってと、未来へ続きます。学校が、いつも子どもたちの「ヤウンニーウー」であるように祈ります。

メラウーキャンプ、教育支援の会
口座番号 ゆうちょ銀行 01370-1-98831 (ひと口 1000円〜)
 ■ 連絡先 ■
代表: 小武正教  odake@orange.ocn.ne.jp
名古屋支部: info@scdb.org(SCDB)
京都支部: burmakyoto@gmail.ne.jp(竹間)

子どもひとりの就学を、1ヶ月500円程度の支援で支えることができます。
ご理解とご支援をよろしくお願いいたします。

2010年3月31日

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